お彼岸

春と秋に迎えるお彼岸について

春は春分の日、 秋は秋分の日を中日として前後3日間の期間をお彼岸と呼びます。
みなさんも「お彼岸だからお硲参りに行かなきゃね」と感じられたこともあるでしょう。 では、 なぜ存と秋のこの期間をお彼岸としているかはご存じでしょうか。そもそも彼岸とは亡くなられたご先祖さまたちが生きる世界のことです。
我々がいま生きている世界は此岸(しがん)と呼びます。
ご存知の通り、春分の日と秋分の日は「昼と夜の長さがほぼ同じになる日」であり、 温和な時期になります。 それゆえ温和な極楽である霊山浄土(りょうぜんじょうど)と現世がもっとも近づく日だと考えられています。 だからこそ、 こちらからの想いが普段より何倍も届きやすいと、 お彼岸にご供養をするようになりました。
是非これからのお彼岸は、 お日さまの時間を感じながら故人への想いを馳せる時間としていただければ幸いでございます。

ご供養の場を大切に
ご供養の場を大切に

仏事とは時に敷居を高く感じられることもあるでしょう。 境内の雰囲気やお経ひとつを取っても漢字が並んでいて易しいものではないかもしれません。 すべてを理解す るのは難しいでしょうが、 本買は故人様へのご供養の想いにあります。
故人様と再会しても恥ずかしくないよう、 キチンとした格好をしていただき、 お墓の前で手を合わせる。
ご自身の御先祖様のことを思い出し「今日はご供養できたな」と感じていただき、 帰って少しお酒でも嗜まれる。 故人様を大切に想い、向き合うこと。それができれば一番良いのではないでしょうか。
みなさんはいろいろな想いを持ってご供養をされていると思います。
例えば、「ご自身が亡くなった後も幸せでいたい」「故人様が仏さまになるまで応援してあげたい」など立場や仏教への信仰心も人それぞれでしょう。 どんな形・想いであれ 私たち僧侶はそのお気持ちを受けとめ、精一杯できる限りご先祖様にお届けしたいと考えています。それが私どもの一番大切にしたい仕事でもあります。
ぜひ法事、法要をただの季節の行事と思わず故人様と向き合うきっかけになる大切な場と考え、参加して頂けますと幸いに思います。

日蓮宗妙光寺第38世住職 中込貫隆
日蓮宗妙光寺第38世住職
中込貫隆

1959年(昭和34年)に妙光寺の長男として生まれる。祖父である第36世住職・中込貫明に幼少期から読経仏事を教わる。
1983年(昭和58年)に師父の第37世住職・中込貫章のもとで修行し、1985年(昭和60年)に宗門僧侶となる。平成元年・3年・8年に蓮法荒行を成満。2012年(平成24年)に妙光 第38世住職を継職し、現在に至る。